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格安スマホについて

僕が、初めてのスマホを購入してから、2年が経過した時の出来事。
料金の請求を見て驚いた。

それまで、5,000円前後だった料金が突然9,000円に跳ね上がっていたから。

不審に思い、ドコモに問い合わせたら、何かの優遇キャンペーンが終わり、正規の料金が適用されたので、そうなったと告げられました。

当時、僕は、あまりスマホを使うことは少なかった。
そんなものに、毎月9,000円も使うなんて、あり得ないと考え、格安スマホに移行しました。

僕はプロバイダは@niftyを使っているので、スマホもNifmoを使うことにしました。

Nifmoでは月額料金はネットと通話込みこみで1,600円くらいだった(容量は3G)
月額7,400円も安くなりました!

だけど、ドコモでは、初期設定は店員がやってくれたが、Nifmoでは、そうはいかなかった。
APNの設定とかは自分でやらなければならなくなった。

おっかなびっくりだったけど、ホームページにやリ方は丁寧に書いてあるので、それを見ながらやったら、拍子抜けするほど簡単にできてしまった。

たぶん、こういう設定は、日常的にPCやスマホを使っている人なら、簡単にできると思う。

一回設定が終れば、格安スマホであろうとドコモであろうと使い方は同じである。

たったこれだけのことで毎月7,400円、年間では88,800円も値段が違ってくるのである。

ちなみに使っている回線そのものはドコモの回線だから、通話エリアとか品質で問題を感じたことは一度もないです。
スピードを測定すると、少し遅いらしいのですが、僕は、それが気になったことはありません。

だから、僕には、ドコモなどのでかいキャリアを使っている人のことが理解できないです。

同じ機能で、こんなに安くなるのに、なぜ大手キャリアを使い続けるのか?

めんどくさいから?
それとも格安スマホのことを知らないから?
お金持ちだから、料金のことなんて気にしない?

ただ、僕はあまりスマホを使わない人なので、容量も3Gで十分なのですが、4Gで動画をガンガン観るような人はきっと何十Gも必要になると思うので、大手でも格安スマホでもあまり変わらないというか、格安スマホには何十ギガなんてプランはないから大手にならざる得ないでしょうね。

ちなみに、僕は、Nifmoを2年くらい使ったあと、今はLINEモバイルを使っていて、月額料金は更に安くなって、ネット・通話・消費税まで含めて1,300~1,500円くらいになってます。

もし、あなたが、スマホをあまり使わない人で、大手を使っているのなら、格安スマホにすることをお勧めします。

テーマ : 格安スマホ
ジャンル : 携帯電話・PHS

カタルシスとは

皆さんは、カウンセリングと聞くと、どんなものをイメージされますでしょうか?

多くの方が、「悩み事を話して、何らかのアドバイスをもらうもの」という感じでイメージされているのではないでしょうか?

しかし、そういう対応は「人生相談」とでも言うべきもので、本来のカウンセリングではありません。

もちろん、「アドバイスをもらう事」だと誤解している方がほとんどである以上、こちらとしても、それを無視するわけにもいかず、ある程度、その要望にお答えすることはよくあります。

内心、「これは違うんだけどな~」と思いつつも、「何のアドバイスも貰えなかった」と不満をもらす方がいらっしゃるので、対応している訳です。

では、本来のカウンセリングの効果とは何か?と問われれば、それは「カタルシスを感じてもらうこと」だと言えるんだろうと思います。

カタルシス」とは、日本語に訳すと「精神の浄化作用」とされます。
では「精神の浄化作用」とは何かと言えば、心の中にあるわだかまりを開放してすっきりすることです。

誰でも、何か悩み事や嫌な事があった時、友達などに話を聴いてもらって、すっきりした経験が1回くらいはあるのではないかと思います。
カタルシスを感じる」とは、そういうものです。

人には本来、「自分をわかってもらいたい」「自分を表現したい」「自分を理解してもらいたい」という気持ちをもっているものです。
カウンセリングでは、カウンセラーが、話し手の話を丁寧に「傾聴」することで、こうした気持ちに応えます。
だから、カタルシスが得られるのです。

「なんだ。それだったら、お金がかかるカウンセリングなんか受けないで、友達に話を聴いてもらえばいいじゃん」と考える方もいらっしゃると思います。

僕は、そのような考え方を別に否定しようとは思いません。

お友達に話してみて、すっきりして、解決したのなら、わざわざお金のかかるカウンセラーを訪ねてくる必要はないと思います。
わざわざお金の力を借りなくて済むのなら、それに越したことはありません。

でも、世の中そうはいかないケースも多々あります。

お友達が、あなたの話をキチンと聴いてくれるとは限りません。
ひどい場合には「それはお前が悪い」などと説教されてしまうこともあるかもしれません。

その点、カウンセラーは、話し手が心ゆくまで話せるように、様々なテクニックを学んでいます。
また、単なる「テクニック」を持っているだけではなくて、「無条件の肯定的配慮(受容)」「自己一致」「共感的理解」(変化のための3条件と呼ばれているものです)といった要素も備えています。

僕の場合は「備えています」というよりは、「備えています、と言えるよう、日々努力しています」と言った方が正確ですが。
僕は、「カウンセリングの技術に終わりはない」と考えていますので、その方が正確だと思う次第です。

ここで、「変化のための3条件」って何?ということを書き始めると、かなり長くなりますから、今回は省略しますが、そんなものを一般人の方は持っていません。
僕らカウンセラーでも簡単に身につけることはできないものなのですから。

ですから、カウンセラーが話を聴くというのは、お友達が話を聞いてくれる、というものとは、全く次元の違う話なのです。

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tag : カウンセリング カタルシス

カウンセラーの涙

僕がカウンセラー業を始めたばかりの頃、周囲の人から「ストレスの溜まる仕事だよ」と言われていました。

まぁ、解決することはできない人の悩みごととか、愚痴みたいなものを聴き続けるわけですから、普通の人だったら、ストレスを感じるのかもしれません。

たとえば、恋人に裏切られてうつになってしまったと訴えてやって来る人がいます。

その人の望みは、その恋人の心が再び自分のもとに戻ってくることであるのは明白ですが、そんな事を僕が実現することはできません。
カウンセラーは、確かに、一般人よりは、人の心には敏感かもしれませんが、人の心を操ることなどできません。
たぶん、それを実現できないのは僕だけではなくて、誰にもできないことでしょう。

もし、可能なら、この世に「失恋」という言葉などないはずですから。

それでも、諦めるのはいやだ。
でも、恋人の心は帰ってこない。
でもあきらめられない。
でも戻ってこない。。。。

そんな、誰にも解決できない悩みを抱え、堂々巡りしている人がやってくるのがカウンセリングルームでもあります。

たとえ解決不能な悩みごとであっても、相談されれば、なんとか解決してあげたいと思うのが人情ってもので、そういうことは不可能だから、ストレスの溜まる職業だと言われるのかもしれません。

そもそも、カウンセリングとは、人生相談とかコンサルとは異質なもので、悩みごとに対して、何かをアドバイスするようなものではないのですが、世間の人には、そんな専門知識はありません。
自分が悩み事を話せば、何か解決のためのアドバイスをもらえると思ってやって来ているケースがほとんどなのが実情です。

そんな感じでやってくる人々に、何も解決案を示せない、もうちょっと正確に言うなら、示すべきではないのがカウンセラーという職業であるという現実と実態のギャップに苦しんで、ストレスを溜めてしまうカウンセラーが多いのかな?と思ったりします。

ところが、僕は、不思議とそういう事態に遭遇しても、あまりストレスを感じないのです。
でも、それは、お客さんに対して「冷たい」とか「心が冷えている」とか、そんなんじゃありません。
表面的に冷静なだけです。

ここから先は、推測になりますが。。。。

僕がカウンセラーになって3年。
特に最近、お酒が入ると、涙が止まらなくなることがあるのです。
外で飲む時は、酔っ払ったら周囲の人に迷惑をかけるので、量も控えめですし、涙が止まらないなんてことはないのですが、家で、誰に気を使うでもなく飲んでる時には、しばしば涙が止まらなくなるということが起こるようになりました。

たとえば、こどもが暴漢に襲われ、命を落としたニュースを聞いた時。
たとえば、「宇宙戦艦ヤマト」をみていて、自分の命を捨ててまで地球の未来を救おうとしている人々の姿をみた時。
たとえば、今は亡き良き友のことを不意に思い出した時。
たとえば、僕のお客さんを救うことができず、自分の無力さが身にしみる時。

そんな時、悲しくて、悔しくて、どうしようもない想いが胸にこみ上げてきて、涙が止まらなくなるのです。
今まで、こんなに涙が止まらなくなってしまうようなことは経験したことがないのです。
だから、最近になって、「これが、聞かされていたストレスってやつの結果か?」と最近思うようになりました。

職業だとはいえ、僕だって、苦しんでいる人の話を聴いて、何も感じないということは、きっとないんだと思います。
自分では自覚していないのですが。

たぶん、その時、自分ではわかっていなくても、僕は僕に悩みを打ち明けてきた人に対して、

「何かしてあげたい」
「解決してあげたい」
「でも僕には何もできない」
「ごめんなさい」

そんな自分の無力感を痛烈に心の奥に感じているんじゃないかって思うんです。

だから、ちょっとお酒が入って、抑制が取れた時に、そういう気持ちが、せきをきったように噴き出してきて、自分ではどうすることもできず、涙が止まらなくなるんじゃないかなって思います。

たぶん、これって職業病みたいなもんですよね。
でも、家で一人でお酒を飲んでいる時の話なので、誰かに迷惑がかかるわけではありません。
ただ、一人で涙しているだけのことですから。

ただ、今の商売を始める前には、予想もしなかった「副作用」が出てきて、びっくりしているというお話です。

でも、僕は、僕の今の仕事、きらいじゃない。
今は、救ってあげられない人も多いかもしれないけど、だったら、一人でも多く救ってあげられるように、たくさん勉強したり見聞を広めたりすればいい。
それで救われる人が、一人でも増えれば、それが僕の存在価値なんじゃないかなって思う。

なんの因果かしらないけど、僕はそういう仕事を選んでしまったし、その仕事を愛してる。

だから、がんばるよ。

一人でも多く元気になってもらうために。

「がんばれ」という言葉は嫌いなんだけど、自分になら使ってもいいよね。

今日より明日、明日よりその次、そんな感じでがんばるよ。

いつか、涙など流れてこない、そんな日を迎えるために。















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tag : カウンセリング

家計の管理

僕は、家計簿をつけています。

毎月使うお金の見込みをたてて、実績が出たら(つまり、お金を使ったら)、それを消し込んでいきます。

このようなやり方は、「家計簿をつけている」というよりは、会社なんかではよくやっている「予実(予算・実績)管理」に近いと言えるかもしれません。

実績が出たら(お金を使ったら)、予定を実績に書き換えていくわけですから、最後の日(月末)には、予定は全て実績に書き変わり、「予定」=「実績」となるはずです。
少なくとも、理論的には・・・・・

ところが、僕が、これをやると、「絶対」と言ってよいほど、「予定」と「実績」に誤差が出ます。
本来、1円単位で、ピタリと一致するはずなんですが、なぜか毎月、1000円くらい計算が合わないのです(笑)
エクセルで計算しているので、単純な計算ミスはないはずなんですが。

これは、今に始まった話ではなくて、会社員をやっていた頃から、僕の仕事ぶりは、こんな感じでした。
なぜか計算があわなくて、1時間も2時間もかけて理由を調べたりしていました。
そういう意味でも、僕は、あまり優秀な社員とは言えなかったようです。
お世辞にも、あまり、効率的な仕事ぶりとは言えませんものね。

それはさておき、こういう「計算が合わない」などということは、誰にとっても、日常茶飯事のはずですが、そういう事が許せないタイプの方がいらっしゃいますよね。
いわゆる「完璧主義」と言われるタイプの方々です。

「完璧主義」の方がやる仕事(事務)の結果は、正確です。
だって、いわゆる「合わない」ようなことがあれば、とことん調べて、キチンと一致するまでやり直したりしますから。
ですから「優秀」と言えるかもしれません。
でも「完璧主義」は、少し、生きてて息苦しいかもしれません。

そして、その完璧主義が行き過ぎて、例えば、自分の奥さんの家計管理にまで1円単位の正確性を要求するようになってくると、ちょっと問題です。
あくまで、本人のやる事の中という範疇でおさまっているぶんには本人が苦しいだけですが、会社の部下や配偶者などの周囲の人まで巻き込むようになってしまうと、色々と不都合が出てきて、上記の場合で言えば、奥さんとケンカになったり離婚につながったりするようになってくると、これはもう病気だということになり、「強迫(神経)症」ということになってしまいます。

■ご参考「強迫神経症とカウンセリング

ただ、会社の仕事の中には、一円単位の正確性を求められる業務もあると思います。
例えば、経理の仕事などです。

業務上の必要性がある時に、上司が部下に正確性を求めるのは病気ではありませんので、注意して下さいね。

ひとつ言えることは、「僕には、そういう仕事はできません」ということかな?(笑)



返報性

以前にも一度、「返報性」には触れたことがありますが、今日は、再度「返報性」について書きたいと思います。

人には、相手が何かしてくれたら、その相手に、ほぼ同等のことをして返したいという心理が働きます。
この心理を「返報性」と言います。

好意の返報性」とか「自己開示の返報性」などが、その代表例です。

好意の返報性」とは、人は、自分に好意を向けてくれた相手には、好意的になる心理を言います。
なので、あなたが、誰かと仲良くなりたかったら、まずは自分が相手に好意を示すと、相手には、「あなたに好意を示したい」という心理が働きます。
ただ、そういう心理が働いても、それを必ず実行してくれるとは限りません。
人によっては、何も返してくれなかったりすることもあるでしょう。

だから、「好意の返報性」を期待して、あなたが、好きな異性に好意を向けても、何も返ってこないこともあります。
そういう時は、あまりしつこく追い回すと、逆に嫌われてしまったり、はなはだしい場合にはストーカー扱いされたりするかもしれないので、過信は禁物です。

自己開示の返報性」とは、人は、自分に向かって、内面などを開示してくれた相手には、自分も自己の内面を開示したくなるという心理のことを言います。

だから、誰かと「腹を割って話せる仲になりたい」と思ったら、まずは、あなたが相手に自分の情報を開示してみることです。そうすれば、相手にも自己の情報を開示したいという心理が働きます。
但し、この場合も、必ず、相手がその心理を実行してくれるとは限らないので、あまり確信が持てない時は、自分の自己開示も、あまり全部さらけ出さない方がいいかもしれません。

さて、ここまでは、以前、書いたのと中身は同じですが、ここから先は、僕の独自見解です。
本で得た知識でも学校で習った知識でもありません。
あらかじめ、ご承知おきください。

僕が思うに、返報性は、悪い方にも働くと思うのです。

いわゆる「やられたら、やり返す」という心理です。

最近のアメリカと中国の貿易摩擦をみていると、まさに、この「悪い返報性」が働いているように思えるのです。

最初にアメリカが、中国に仕掛けましたね。
アメリカは、中国製品にかかる関税を大幅に引き上げました。
すると、中国も負けじとアメリカ製品の関税を引き上げました。
あとは、みなさんご存知のとおり、徐々にお互いエスカレートしていき、いくところまでいってしまいましたよね。
あの様子は、まさに「やられたら、やり返す」という「悪い返報性」の典型例なのでは?と思います。

そして、ちょっとたちの悪いことに、通常の返報性は、「相手と同等」レベルのお返しがしたくなるという心理ですが、「悪い返報性」の場合は、「同レベル+α」にしたくなるようで、相手にやられたことより、ちょっとだけ多く仕返ししたくなるようです。

ですから、アメリカと中国の関税の掛け合いのように、少しずつエスカレ-トしていきやすいのでしょう。

何年か前、「半沢直樹」というテレビドラマがヒットしたことを覚えている方も多いと思います。

あのドラマの中で、主人公「半沢」は「やられたら、やり返す。倍返しだ!」と言っていました。
あれも、悪い返報性の例で、しかも「倍返し」ですから、かなり悪い例だと言えるでしょう。

現実の世界では、緊張状態にある国同士の間では、わずかな衝突が、この返報性により、結局戦争にまで発展してしまうこともあり得るのです。

ですから、この「悪い返報性」は、ドラマの中だけの話にして欲しいと思うのですが、中々そうはいかないのが、人間の人間たるゆえんといったところでしょうか?




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防衛機制-投影(投射)-

心を守る仕組み「防衛機制」のうち、「投影(投射)」とは、自分の中にある感情などを認めたくない場合に、他者にその感情があると考えることを言います。

たとえば、自分が相手に対して内心敵意をいだいていたような場合、「相手が自分に敵意をいだいている。けしからん」というように相手を責めることで処理しようとします。

この場合、自分が相手に敵意をいだいていることを認めたくないので、「相手が自分に敵意をいだいているのだ」としてしまい、自分の好ましくない感情をないものにしようとしているのです。

これは、無意識のうちに働きます。

なので、「相手が自分を嫌っているから、自分も相手がきらいなのだ」と感じているような場合、実は相手は何とも思っておらず、嫌っているのは自分自身の方だったりするわけです。

そうやって、「人を嫌う」という自分のイヤな部分をないものにして、自分を守ろうとするのです。

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tag : 防衛機制 投影 投射

悲しくて、さびしくて、やるせなくて

今日は、懺悔をさせて下さい。

1年ちょっと前だったかな。
DV被害者がうちにやってきた。
DVっていうと、みんな「暴力」ってイメージかもしれないけど、正確には、少し違う。

物理的な暴力はもちろんDVだけど、それ以外の精神的な暴力や性的暴力、経済的暴力なんかも立派なDVとされてる。
「経済的DVって何?」って思う人もいるかもしれないね。
経済的暴力ってのは、簡単にいうと家にお金を入れないことだよ。
飲んだくれていて働きもせず、家計にお金を入れない人は立派なDV加害者とされるんだよ。
ちなみにDV加害者は男性が多いけど、その逆もある。先入観を持ってはいけないよ。
まぁ、そういうことはさておいておいて、そういうDVの被害者がうちへやってきたんだよね。
今でも忘れないけど、悲しくてさびしい目をしていたよ。
人は、本当に寂しくて悲しい時は、それを隠したりはできないもんだよね。
その人の話を1時間聴いて、僕は、また次回の約束をして、その日、その人は帰っていった。

で、次にその人が来てくれた時、僕は次のような話をしたんだ。

・あなたは立派なDV被害者ですよ。
・自治体に「駆け込み寺」があるから、そういう所を訪ねるもの一つの方法ですよ。
・離婚した方がいいかもしれないですよ。

そんな感じの話をしたんだ。

その人は「少し考えてみます」とだけ言って帰っていった。

その時は、そんな僕の対応に、僕は何も疑問を感じていなかった。

一般人なら、まぁ、その程度の発想しかできなくても仕方ないと思う。

でも、僕は、僕と話すためには相手はお金を払わなくてはいけないプロなんだよね。

今、思うと、あの時の対応は、プロとしては情けないレベルだった。

たぶん、その人は、DVに遭っても、相手のことを愛する気持ちが、まだ残っていたんじゃないかなって、今になって思うんだよね。

だから、あんなにさびしくて悲しい目をしていたんだよ。

自分が、まだ愛しているその人に、心ない仕打ちをされて、傷ついて、悲しくて、やるせなくて、どうしていいのかわからなくなってしまい、僕のところへやって来たんだと、今は思うんだ。

そんな思いを抱えている人に、自治体の窓口を紹介するとか離婚を勧めるなんて、ばかげた対応だよ。
無神経極まりないし、カウンセラーどころか人として失格だよ。

その人が語ったDV被害の話そのものよりも、僕は、なぜその人があんなに悲しい目をしているのか?それを感じ取らなければいけなかったんだ。

不幸なことに、その人は、その後、難病におかされてしまった。
もはや、事態は、僕が対応できる範囲を大きく超えてしまっている。

今は、生きているのかどうかもわからないし、それを知ることは、僕にとっては恐ろしいことだ。

「もう同じあやまちは絶対に繰り返さない」

そう心に誓うことが、今の僕にできる精一杯のことなんだよ。

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防衛機制-同一化-

心を守る仕組み「防衛機制」のうち、「同一化」とは、自分が尊敬する人、憧れている人、理想とする人などの振る舞いや特徴を真似て欲求を満たそうとするものです。

たとえば、映画のヒーローの真似をするとか憧れのアイドルと同じ衣装を着るなどの行動がこの同一化にあたります。
よく、プロ野球選手のユニフォームを着て応援している人がいますよね。
ああいうのも同一化です。

子どもは、なにかしら親を同一化しながら、物事を覚えていくので、同一化は教育的な側面を持った防衛機制だといわれているようです。

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tag : 防衛機制 同一化

腕を組まれちゃった話

先日のカウンセリングでの出来事。

話し手が、腕を組んでしまいました。

これは良くないサインです。

話し手が腕を組むというのは、「警戒」「拒絶」「隠し事」などのサインと言われています。
どれであったにせよ、カウンセリング中の話し手の示すサインとしては、良いものではありません。

恋人と話す時、腕を組みながら話す人はいないでしょ?

それと同じことなので、僕は、内心、ちょっと慌てました。
まだカウンセラー歴3年の僕ですが、話し手に腕を組まれてしまったのは初めての経験でした。

もちろん、カウンセリング自体の失敗例はたくさんありますが、「腕を組まれた」というのが初めてだったということです。

でも、その方は、その日、次回の予約をして帰っていきましたから、最終的には、カウンセリングの印象は悪くはなかったのでしょう。
ほっとしましたが、めったにあることではないので、ドキっとしたのでした。
だって、話し手に「警戒」「拒絶」「隠し事」などを抱かせるようでは、カウンセラー失格ですから。

カウンセラーは、ただ話を聴いているだけじゃなくて、そういうちょっとした仕草についても、知識を持っているし、気をつけているものなんですよ。


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うちは、カウンセリングルームだから、いろんな悩みを抱えた人がやってきます。

DV で悩む人がいる。
病気になって悩む人がいる。
障害を抱えて悩んでいる人もいる。
浮気に悩まされている人もいる。
アダルトチルドレンになってしまい、こころに閉塞感を抱えている人達もいる。

そんな人たちのたくさんの悩みを聴いてきて、僕は、僕という人間が変わりつつあるのを感じます。

多くの場合、人々の悩みの向こう側には、愛する人を思うこころが存在するのだと感じるようになりました。 

人は人を愛しているがゆえに、迷い、悩み、苦しんだりするのだと思うようになってきたのです。

そして、僕は、そういう人たちの「人を愛するこころ」に触れることで、「人」というものを、かけがえのない大切なものだと感じることができるようになってきたような気がするのです。

会社員時代、ゼロと1だけで無機質に答えを弾き出すコンピューターとだけしか向き合うことができず、人として大切なものを失いつつあった僕に、僕のお客さんたちは間接的に、人を愛するこころの大切さを教えてくれているように感じるのです。

お客さんは、僕に救いを求めて僕のところへやってきますが、僕もまた、彼らによって生かされている存在なのだと感じるようになってきたということです。






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防衛機制-昇華-

心を守る仕組み「防衛機制」のうち、「昇華」とは、性的欲求とか何かしらの攻撃的欲求などの反社会的欲求を社会的・道徳的に認められる形に置き換え、その実現によって自己実現を図ろうとすることです。

主に、スポーツ、仕事、学業、芸術などを通じて、自己実現を図ろうとします。

失恋して、ぽっかりあいた心の穴を埋め合わせるかのように、仕事に熱中したり、破壊的な衝動をスポーツに向けて、一生懸命練習に励むなどの行動は昇華にあたります。

好ましくない欲求エネルギーを社会的・道徳的に認められる方向に向ける動きなので、防衛機制の中では、最も望ましいとされているようですが、欲求の転換先で失敗してしまったり、うまくいかなかったりすると、心の負担が大きくなってしまい、ひどい場合には、うつなどの心の病になってしまうこともあるようです。



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防衛機制-補償-

心を守る仕組み「防衛機制」のうち、「補償」とは、ある分野での劣等感を解消するために、他の分野で優越感を求める防衛機制のことです。

例えば、勉強ができないぶん、スポーツにをがんばるというのは、この補償です。
「勉強ができない」という劣等感を「スポーツができる」という優越感で埋め合わせしようとしたりするわけです。

僕は、高校時代、勉強が苦手な生徒でした。
頭が文系でできているらしく、英語や現国なんかは、あまり勉強しなくてもなんとかなる感じでしたが、数学・物理・化学はからっきりダメでした。
特に数学は全然わからなくて、なぜ留年せずに卒業できたのか、今でも不思議なくらいです(笑)

そんな僕は、勉強とは好対照に、野球(部活)ではがんばっていました。
冬場の練習が休みの時期も、自宅周辺でランニングを欠かしませんでしたし、練習後、家に帰ってからも素振りをやってました。
僕と同じようにやる気のある部員を誘って、早朝、授業が始まる前に、バッティング練習をしていた時期もありました。
ポジションはキャッチャーでしたので、肩を鍛える自主練習もやっていました。

おかげで、高校最後の夏の大会では、都大会でベスト4まで進むことができ、個人的にも、打率3割、盗塁阻止率ほぼ100%を記録しました。
盗塁阻止率は統計をとっていたわけではありませんが、一度も盗塁された記憶がないです。

そんなふうに、野球をがんばっていた僕は、「勉強ができない」という劣等感を野球に打ち込むことで解消していたと考えることができるわけです。

もちろん、当時、僕にそんな意識があったわけではなく、ただ純粋に野球が好きで練習していただけなんですけどね。

僕は野球という「補償」があったおかげで、きっと勉強ができないという劣等感をあまり感じないで済んだのだろうと思います。

防衛機制の中でも、この「補償」は比較的健全な部類に入るんだろうと思います。





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tag : 防衛機制 補償

性的暴力の無罪判決について

今年3月、にわかには信じがたい判決が名古屋地裁であったようです。

実の娘に性的暴行をした父親に無罪が言い渡されたのだそうです。

無罪となった理由は「有罪の要件を満たしていなかったから」なのだそうです。

「相手が抵抗できない状態につけこんだ」という有罪の要件を満たしていないから無罪だというのです。

こんなのあり得ない判決だと思います。

この父親が無罪だというなら、法律の方が間違っていると思います。

性的暴力を受けた人は、ひどく傷つきます。

以前、うちにきたお客さんで、同じように性的暴力の被害にあわれた方がいました。

その方は、怖くて苦しくて屈辱的な経験を3回も経験した結果、PTSD(心的外傷後ストレス障害)を発症し、性的暴力との因果関係ははっきりしませんが、摂食障害と統合失調症も発症していました。
自分のことを「臭いくて醜い」ともおっしゃっていました。
醜形恐怖も患っていたんだと思います。

外にもほとんど出ることができなくなり、家にいても不安におびえるような毎日だったようです。
そんな苦しみが20年以上続いていました。

3ヶ月ほど、当方でお付き合い頂きましたが、結局、僕は、その方を救い出すことはできませんでした。

あまりの悲惨な体験の前に、僕はまったくの無力な存在でしかありませんでした。

性的暴力を行った者は、例え有罪になったとしても、何年かすれば刑務所から出てきますよね?

しかし、被害を受けた側の人の苦しみは一生続くのです。
僕が救えなかった方がそうであったように、人生を棒にふる結果になってしまうことだってあるのです。

ましてや、無罪なんて、絶対に許されません。

速やかな法改正を望みます。


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防衛機制-知性化-

心を守る仕組み「防衛機制」のうち、「知性化」とは、感情を感じる代わりに頭で考えることで、その感情から逃れ、自分を守ろうとすることです。

自分の身の上に起こったイヤな出来事をまるで他人事のように客観的に突き放して捉えることによって、自分の心にとって辛い出来事から心理的な距離を置き、状況全体を俯瞰した視点から冷静に分析していくことを通じて自分自身の心との折り合いをつけていき、そのつらい体験から自分の心を守ろうとします。

つまり、自分の感情をありのままに感じることやそれ以上深く自分の気持ちと向き合うことがつらい時に、心理学を勉強したり、本を読んで知識を増やすなどして、自分の心を分析して、理屈によって自分を変えようとしたり、自分を理解しようとしたりします。

知性化によって、色々理屈をつけて、自分では解決したようなつもりになっていたとしても、実は心の中にある葛藤は解決していないので、問題解決のためには、そのありのままの「心」に向き合う必要があります。

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防衛機制-合理化-

心を守る仕組み「防衛機制」のうち、「合理化」とは、都合の良いもっともらしい理由をつけて自分を正当化することです。

この合理化については、「すっぱいブドウの理論」が有名です。

それは以下のようなたとえ話です。

ある日、キツネがおいしそうなブドウが実っているのを見つけます。
ところが、キツネがいくらジャンプしてもブドウに届かず、どうしても食べることができません。
やがて、そのキツネは「どうせあのブドウはすっぱくてまずいブドウだ」と捨て台詞を吐いて去っていきます。

ブドウが美味しいかすっぱいかは、食べてみなければわからないわけですが、キツネは、それを「すっぱい」と決めつけて、納得しようとしている訳です。

このように、本当は欲しくても手に入らないものを不当に低く評価してしまうのです。

この「欲しくても手に入らないもの」とは、好きになった人の愛情であったり、会社での地位であったり、人によって様々です。

例えば、好きな人に振り向いてもらえず、「あの男(女)は最低人間だから、付き合わなくて良かった」などというのは、この「合理化」であると言えます。
この場合、本人は片思いをふっきれたような気分になっていますが、心の底のほうでは、まだ愛しているので、そのようなセリフが出てくるのです。
本当にふっきれた人は、悪口など言わず、とりたててその人のことを話題にしようとはしないものです。
ですから、僕がそのようなセリフを聞いた時には、

「あ~、本心ではまだ好きなんだし、傷は癒えていないんだな~」

と考え、その方のやるせない気持ちに寄り添うようにしています。


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防衛機制-退行-

心を守る仕組み「防衛機制」のうち、「退行」とは、現在置かれた状況に対して、幼い頃の未熟な段階の行動に逆戻りすることです。例えば、自分に弟や妹ができた時に、おねしょが再発したりするのは、この「退行」と言えます。

これは、おねしょなどをすることによって、親の気を引き、親の関心を引きつけることにより、弟や妹に関心が移ってしまって「寂しい」という気持ちから、自分を守っているわけです。

つまり、俗にいう赤ちゃん返りは「退行」という訳です。

こういう場合は、おねしょをしたからといって、叱ってしまうのはかわいそうです。

わざとやっているわけではなく、また、寂しさゆえの結果なのですから。
むしろ、その「寂しい」という気持ちに寄り添ってあげるとよいでしょう。


また、退行は大人にも出ることがあり、下記のような症状を示すことがあります。

・恋人や家族に甘える。
・赤ちゃん言葉で話す。
・ぬいぐるみを肌身離さず持ち歩く。
・自分の指をしゃぶるようになる。
・自分で食事を食べず、口に運んでもらう・・・etc

大人の退行も何らかのストレスが原因ですから、ストレス解消につとめるとよいでしょう。

ストレスの解消方法がわからなかったり、重症の場合は医師に相談するか、カウンセリングを受けることなどが有効です。

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がんばれとは言わないわけ

僕たちは、身の周りの人が悩んでいたり、落ち込んでいたりすると、「がんばって!」と声をかけたくなりますよね。

でも、僕は、特にうちにくるお客さんには、「がんばって下さい」とは言いません。

以前にも書きましたが、うつの方に「がんばれ」といってはいけないというのは有名ですよね。

それは、うつになるような方は、人一倍責任感が強く、そもそも「がんばり過ぎた」結果、心身のエネルギーを使い果たして、身動きできなくなってしまっているわけですから、そこへ更にムチを打つように「がんばれ」と言ってはいけないわけです。

それは、うつの方には限りません。

僕のところには、色々な悩みを抱えた方がいらっしゃいますが、皆さん、うちへくる前に、例外なく自分なりに色々試行錯誤して努力しています。

それでも、うまくいかなくて、悩み、僕のところへやってくるのです。

皆さん、精一杯「がんばった結果」うまくいっていないのです。

そういう方々に、更に「がんばれ」というのは酷というものです。

だから、僕は「がんばれ」とは言わないのです。

「がんばれ」とは言いませんが、その人が行ってきたであろう努力に思いを寄せて、まずは、その報われない気持ちを汲み取り、少し落ち着いたら、何か、具体的な対応方法がないものかどうか、その方と一緒に考えていくようにしています。

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5月病について

皆さんも「五月病」という言葉はお聞きになったことはあるかと思います。

5月の大型連休明けのこの時期に多いと言われています。

症状としては、漠然とした不安感や意欲喪失、無気力、食欲不振などが多く、腹痛や嘔吐などの身体症状を伴うこともあるそうです。

5月病になる方は、大学の新入生や新入社員に多いとされており、その原因は以下のように考えられています。

「受験戦争を勝ち抜いたが、その先の目標が見いだせない(受験そのものが目標になってしまっていた)」


そもそも「何のための受験勉強であり大学進学なのか?そういうことがわかっていないとこういうことになりやすいのでしょう。大学進学は本来、そこで何かを学ぶために行うことであり、それ自体が目的ではないはずです。
「一流大学に合格すればそれでよい」と指導している大人がいるのだとしたら、真の原因は、その大人にあるといえるでしょう。
大学進学は幸福になるためのいくつかの方法のひとつであって、あくまで手段に過ぎません。
「なぜ、その大学を選んだのですか?」と問われて、
「偏差値から選びました」という答えが返ってくるようだったら、その親子は間違っていると思います。

話をもとにもどします。

「学校の理想と現実にギャップを感じて失望してしまった」

「授業が難しくて理解できない」

「新しい人間関係や職場環境になじめない」

総じて、生活環境の変化の結果、心と体がついていけなくなっています。

対処としては、エネルギーのある学生の場合は、アルバイトやサークル活動などに打ち込むことで、症状が改善することがあるようです。

社会人の場合は、美味しい食事や軽い運動などが良いでしょう。

また、連休中は乱れがちな生活習慣(極端な夜更かしなど)をただすことも大事です。

このようにしても意欲の減退や身体症状が改善しない場合は専門家(精神科・心療内科)に相談するか、医師が敷居が高いと感じるのなら、僕らカウンセラーなどに相談してもらうのもひとつの手段です。

重症化してうつなどになってしまうこともあるので、早めの対処が必要です。

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孤独

僕の母は長生きだ。
今年83才で、いまだに働いているのだからすごい。
僕の同級生の親はたいてい仕事からは引退しているし、介護されていたり、亡くなってしまっていたりする。

でも長生きするという事は、少しづつ孤独になっていくという事でもあると、母を見ていて、最近思うようになった。

母の父、つまり僕の祖父は、僕がまだ小学校に上がる前に亡くなった。
母の母、つまり僕の祖母は、僕が小学生の頃、亡くなった。
母の兄、つまり僕の伯父さんは僕が大学生の時、亡くなった。
母の夫、つまり僕の父は2014年夏、亡くなった。
母の姉、つまり僕の伯母さんは2018年亡くなった。
母の兄嫁さんも2018年、亡くなった。この方とはかなり仲良くしていたので、訃報が届いた時、母は声を上げて泣いていた。
僕は、その時、ただ肩を抱きしめてあげることしかできなかった。

その間にも母は何人も親しい友人を失っている。

それに対して、新しい命は、妹の娘たち、つまり孫がふたり。

おそらく、母にとっては、僕と妹とこの孫たちだけが、今、生きる支えになっているのだと思う。

口には出さないが、さびしいに違いない。

僕にやたら話しかけてくるし、お墓参りに、しょっちゅう行くようになった。

もしかしたら「早く会いたいね」なんて話しかけているのかもしれない。

人は長生きした方がいいに決まっているが、母をみていると、その反面さびしさもあるのだと痛感させられる今日この頃です。

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10連休の終わりに

今日で長かった連休も終わりですね。
皆さんは、連休を満喫できましたか?
僕はヒマだったので、色々なことができました。
GWや年末年始は広告を打っても効果があまりないので、有料広告は止めていましたが、その代わりタダでできるものは、フル活用しましたよ。
FBもそうだけど、twitter やインスタ、ブログなど、沢山投稿しました。
同級生の中には、応援してくれる人もいて、とても嬉しかったです。
ありがとう😄

また、本を3冊も読むこともできました😀

でも、どんな祭りにも終わりはあるものです。

さっそく明日から、お客さんがやって来ます。

2019年も中盤戦を迎えたといったところでしょうか?

がんばるぞ―

八方美人じゃないから

國分先生によれば、カウンセリングとは、カウンセリングを通じて話し手の行動を変容させることだと言う。

僕は、僕のカウンセリングで、そんなすごいことができてるかどうか、わからないけど、逆に僕自身は少し変わってきました。

最近、以前に比べると、人の気持ちがわかるようになってきたというか、人の気持ちに共感することが多くなってきました。

それは、カウンセラーをやってきて、何十人という方の話を200時間以上聴かせてもらってきたせいかもしれないと感じてます。

お客さんは、うちへ来て、信じられないほど深い話をして帰っていきます。
普通ならよほど親しい友人でも話さないようなことを話して帰っていきます。
時には、こちらが驚くくらいです。

これは、別に僕がカウンセラーとして優れているからではなくて、カウンセリングルームという「場」の力がなせる技ですが。
どういうことかと言うと、お客さんは、わざわざ電話で予約してお金を払ってまで話をしにやってきています。そして、そこで話すのが当たり前だと信じてやってきています。
そして、僕はカウンセラーだから聴く気満々で待っている。
こうした「場」の力により、お客さんは思う存分話して帰っていく。
だから、僕が話を聴いてきた200時間という時間は、通常の200時間より、その内容はるかに濃くて深いです。
その結果、人の気持ちが少しはわかるようになってきた感じがするのです。

もちろん、僕が、こういうふうに色々書いてきた中で、一部の人の反発を感じているというか、僕を嫌う感じの方がいることも承知しています。

でも、それは、僕が人の気持ちが理解出来ないからそうなっているのではなく、わかっていてわざとそうしています。

言ってみれば、見解の相違ってやつですね。

カウンセラーは、お笑い芸人じゃないから、自分の周りの全ての人に好かれる必要もないし、そんなことはできません。それは、八方美人と言うものです。

八方美人なんかやってると自分自身が疲れてしまいます。
たくさんの人をみてきて、僕にはそれがわかっているから、そんなことはしません。

僕の周りの人だって神様じゃないんだから、色々な人がいて当たり前です。

同級生であっても、僕よりはるかに社会というものを知っていて、僕が尊敬している人もいます。
一方では、僕の好きではない振る舞いをしている人もいます。
それは、人それぞれというもので、僕からすれば「理解はしてるけど迎合はしないよ」というだけのことです。


今思うと、僕の会社員時代の後半は孤独なものでした。
仕事して帰って来て寝るだけの日々。
週末もお酒を飲んで、DVDなんか見てるだけで、誰とも交わりませんでした。

それが、今の仕事に変わってから、少しは人の気持ちがわかるようになり、学生時代の友人との交流も復活しました。 
これは、彼らの「こころ」を僕が感じるようになったからです。
そして、何よりも仕事自体が人のこころに触れる「血の通った暖かい」仕事です。
会社員時代のPCでデ―タを打ち込むだけの仕事ではなくなったのです。

お客さんは、僕に救いを求めてやって来ますが、僕もまた、お客さんに生かされているのです。


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富士通はなぜ低収益体質なのか

富士通がまたリストラをしている。
あの会社は、なぜ、ああも低収益体質なのか?
今日は、それを、僕の知っている範囲で書きたい。
かなり想像に過ぎない部分もあるけど、そこは、お許し願いたい。

そもそも富士通のコンピューターはIBMのパクりからスタートしている。

若い人はIBMという会社を知らないかもしれないが、1970年代~1990年代の頃、世界のコンピューターのトップブランドで、今で言うところのマイクロソフトみたいな感じの会社だった。

その世界のIBMのコンピューターをパクって日本で急成長を遂げたのが富士通だった。

「パクった」と言ってはいけないのかもしれないので、言い換えると、IBM互換機を作り、IBMより安く売って急成長を遂げたのである。

どういうことか、もう少し説明すると、当時、国内においてもコンピューターといえばIBMであった。そのくらい圧倒的存在であったIBMのコンピューターの互換機、つまりIBMのコンピューター上で動くソフトがそっくりそのまま移植できるコンピューターをつくり、IBMより安く売って急成長したのが富士通なのである。

当時のコンピューターの原価率は10~30%ほどだったので、安売りしたとしてもなお儲けがあったのである。

当然IBMは怒った。
自社のコンピューターのOS(基本ソフト)の著作権が侵害されたとして富士通を訴えた。
この法廷闘争の結末を僕は知らない。
なぜかというと、技術の発展と共にシステムの提供形態も変わっていき、最終的には、この法廷闘争は事実上、意味がなくなったので僕の興味もまたなくなったのである。

このように、富士通はIBMより安く売ることで儲けてきた会社だから、もともと「安売り」体質なのである。

「それは何十年も前の話でしょ?」とおっしゃる方がいるかもしれないが、一度安売りをしてしまうと、なかなか是正はできないものだ。
なぜなら、買い手だってバカじゃないから、前回、自分たちが何割引きで購入したかは、記録として持っている。 
それよりも値引き率が低くなれば、稟議書が通らないことになるから、当然、前回以上の値引き要請を行う事になる。
また、その時、競合他社の存在をちらつかされたりすると、売り手としては値引かざる得なくなってしまう。

それに、そもそも販売価格とは買い手側が決めるものである。

「え?価格はメーカ―が決めるものでしょ?」とおっしゃる方がいるかもしれないが、それは違う。

メーカ―が「安売りはもうやめよう」と言って、高く売ろうとしても、結局買うかどうか決めるのは買い手側だから、商品価値以上に高い価格を設定すれば、その商品は売れなくなり、安売りするか、その市場から撤退するしかなくなるものだ。

このようにして、先輩の代から延々と値引き販売を続けてきたのが富士通の販売の歴史である。
それでもコンピューターの価格水準そのものが高かった時代は良かったが、やがてダウンサイジングが進み、ハ―ドウェアの価格は下落し、もはや値引き商法は不可能になった。
このようにして、富士通はハ―ドウェアからは撤退していった。
そして、SIに活路を見出だそうとしていた。
その方向性は、経営幹部は1990年代から予見していたんじゃないかなって思う。
なぜなら、その頃から、SES(システムエンジニアの作業費)だけは、値引きが厳しく制限されるようになっていたから。
将来、SIで食っていこうとしていたからこそ、そこの部分の値引きを厳しく制限していたのだろう。

なお、富士通の海外事業は、国内事業のそれより更に利益率が低い。
それでも、グローバル化を進め、海外比率を高めようとしていたから、利益率は下がることになっていた。
この「利益の確保」と「グローバル化」という矛盾する課題については、彼らがどのように考えているのか、僕には知識がない。

以上が、ほんの一部分ではあるが、僕の知っている富士通の実態である。

平成の最後と令和の始まりに思いをよせて

平成が始まった時、僕は富士通に勤務するかけ出しの社員でした。
その頃の僕は、政治や経済にはあまり興味はなく、それよりも目の前の仕事とか遊びに夢中で、天皇が崩御されて、「平成」になったことは知ってはいましたが、「だから何?」って感じにくらいしか思っていませんでした。

コンピューターの会社に勤めていたのですから、元号が変わるということはシステム変更があるはずなので、社内で何らかの議論があったんじゃないかな?と思うのですが、何も記憶にありません。

ただ、僕は、元号が変わったばかりのある日、休日出勤して、一人で、社内の「見積通知書」というものを作っていました。
その日付に、何を思ったのか「大成元年X月X日」と打ち込んでしまい、後から「大成」ではなく「平成」だと気づき、修正したことだけ、なぜか覚えています。

その平成の始まりの頃は、携帯電話もインターネットももちろんメールもない時代でした。

以前、うちのお客さんに(その方は20代前半の大学生でした)、「僕らの頃はメールもLINEも無かったんだよ」と言ったら、すごく驚いていました。

今の20代以下の人には信じられない世界でしょうけど、ホントに携帯電話もインターネットもメールもLINEも無かったんです(笑)

それが、30年経つ間に、携帯電話が生れ、インターネットが普及し、東日本大震災をきっかけにLINEなんてものもできて、世の中、便利になりました。

僕は、J-POPなどの音楽が好きなのですが、その音楽も提供方法はずいぶん変わりました。

僕が中学生の頃は、音楽は「レコード」というものを買ってきて聴くものでした。
そして、それを「カセットテープ」というものに録音しなおして聴いたりしていました。

それが大学生になった頃くらいからでしょうか、「CD」という媒体に変わりました。

「CD」が普及していくにつれ、「レコード」はなくなり、今の20代の人に「レコード」って言ったら、それが何を指すのか、わかんない感じですよね(笑)

そして、2000年くらいだったかなぁ?「i TUNES」が登場して、音楽はダウンロードして聴くものになりました。

今は、そこから更に20年が経過して、人々は、もはやダウンロードしたデータすら所有せず、音楽は、ストリーミングで聴くのが主流になってきましたね。
「所有するもの」から「利用するもの」に変わったと言えるのでしょうか?

そんな感じで、大きな変化のあった平成も終わり「令和」という新しい時代が始まりました。

平成がそうだったように、令和の時代も、世の中は大きく変わっていくことでしょう。

僕は、人生の学生時代が昭和で、壮年期が平成、老年期が令和って感じです。

年齢的に、この「令和」という時代が、どう変わっていくのか、最後まで見届けるのは難しいかもしれません。

でも、自分自身の最後の時まで、全力で生き抜きたい。
そんなふうに思います。

そして、もうひとつ思うこと。
それは、
どんな時代でも変わらないもの。
それは人の「こころ」
その「こころ」が大切にされる時代であって欲しい。
そんなふうに思います。

令和」の英訳は「Beautiful harmony」なんだそうです。
その名にふさわしい、美しく、調和のとれた、人の「こころ」にやさしい時代になるといいですね。





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プロフィール

「こころケア」カウンセラー平山靖高

Author:「こころケア」カウンセラー平山靖高
神奈川県川崎市中原区でカウンセラーをやってる平山靖高といいます。
1960年代の生れで、1980年代に早稲田大学を卒業後、富士通に就職。2014年に富士通を退職し、2年間バイトをしながら、カンセリングや心理学を学び、2016年7月にカウンセリングルーム「こころケア」を開業し、現在に至る。
離婚経験があり、現在は独身。ちなみに子供はいません。
詳しい自己紹介をブログ本文に載せているので、是非ご参照下さい。


ビール,音楽(最近のお気に入りは米津玄師のLemon),韓国旅行が好きです。

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