自分と他人の境界線

最近、「自粛警察」とか「マスク警察」とか言われている人がいると聞きました。

前者は、きちんと「自粛要請の範囲内」で営業している店なのに、「すぐに営業を中止せよ」とか、ちょっとこんな所には書けないような「誹謗中傷」の類を店のシャッターに貼り付けたりするようです。

後者はマスクをしていない人を怒鳴りつけたりするようです。

このような状態の人は、僕らの業界風に言うと、

「自分と他人の境界線があいまいな人」


ということになります。

どういうことかと言うと、現状では、「営業自粛」も「マスク着用」も、「要請」もしくは「マナー、道徳」の範囲のことですから、従うかどうかは、あくまで、その人の「良識」により決定されるべきものです。

その「良識」を「取り締まる権限もない」他人が、ああだこうだ言う筋合いではないものです。

そういう人は、「自分」と「他人」の境界線があいまいになってしまっているから、

「自分が守らなければいけないと思うこと」は

「他人も守るべきだ」と

考えてしまうのです。

しかし、実際には、「自分」と「他人」は全くの別物なんですから、自分が道徳を守っているからと言って、他人にもそれを強制することは、おかしなことです。

他人に「道徳」を守ることを強制する権限は、誰にもないんです。

その区別があいまいになってしまっているから「自分と他人の境界線があいまい」と言われるのです。

ただ、全てにおいて、そのように考えてしまうと、極端に言うと、「殺人」さえ「個人の判断」だということになってしまって、世の中が成立しなくなってしまうから、「法律」や「憲法」が存在していて、「全員が守らなければいけない最低限度」のことは決まっているのです。
そして、法治国家であれば、それを守らない者は、逮捕されたり懲役になったりするわけですが、それだって「警察」とか「検察」とか、「その権限が法的に与えられた者」が行うことです。
(厳密にいうと「逮捕」はちょっと違います)
一般人が「自分の良識に反しているから」という理由で、他人を取り締まる権限はありません。

マスクをしていない人がイヤだったら、そばを離れるしかありません。
満員電車の中だったら、「マスクを着用してもらえませんか?」と言うしかないんです。
それで、相手が拒否すれば、それ以上のことはできない。
それが法治国家というものです。

そして、そのような「迷惑行為」が、社会的な許容限度を超えるようになってきてしまったら、「法」を改正するなり作るなりして、その上で、取り締まるべきものです。
その場合であっても、「取り締まりの職務を法的に与えられた者」がやるべき行為です。

何の権限もない者がやってはいけないのです。

それが法治国家というものです。

返報性について

以前にも似たようなことを書きましたが、人には「返報性」といって「何かをしてもらった」相手には同程度のものを「お返ししたい」という心理が働いています。

例えば「自己開示の返報性」とか「好意の返報性」とか言われているものです。

これは、例えば、「自分に何か秘密を打ち明けてくれた相手には、自分も何か秘密を打ち明けたいという心理が働いている」といったものです。

(「そういう心理が働いている」ということであって、実際に行動に移すかどうかは、また別の問題です)

で、ここから先は、僕の独自理論なのですが、この「返報性」には「悪い返報性」があるんじゃないかなって思っています。
いわゆる「やられたらやり返す」という心理です。

で、人の悲しい性(さが)ですが、「悪い返報性」の場合には「同程度+α」になってしまうようなのです。
半沢直樹の「倍返しだ!」ってやつが、その代表例。

そのように考えると、最近のアメリカと中国の貿易戦争や日本と韓国の報復措置のかけあいなんかは心理学的には簡単に説明できる現象なんです。
あれをやっている人たちは、僕にとっては実にわかりやすい人たちなのです。

まぁ、説明ができたからといって、解決方法が存在する訳ではないので、「だから何?」と言われてしまえば、それまでの話なんですけどね(笑)


返報性

tag : 自己開示の返報性 好意の返報性 返報性

完璧主義について

完璧主義の人は「○○でなければならない」「○○であるべき」という価値観を持っています。

でも、それは、自分自身の視野を限定してしまい、幅広く他人の考えや人柄、外国の文化などの異なる価値観を受け入れることを困難にしてしまう考え方です。

たとえば、僕は2018年に韓国に行ったのですが、ある街には屋台がたくさん出ていて、そこで気の良さそうなおじさんたちが、まだ明るい午後4時頃から、いかにも気分良さそうにお酒を飲んでいる光景をみました。

それは、大阪の西成あたりによくいる「やさぐれた」感じの人々ではなく、「善良なおじさんたち」といったていでありました。

僕は、それをみて、同行していた妹に、

「まだ明るいけど、おじさんたち、い~感じで、できあがってるねぇ」

と言って、この国には、「こうやって、わずか数百円で楽しめるささやかなことで、人生を楽しんでいる人たちがいあるんだな」と思いました。

でも、この光景を日頃から、「○○でなければならない」「○○であるべき」と考える人がみたら、どう思うでしょうか?

「明るいうちからお酒を飲んではならぬ」などという価値観を持っていたとしたら、その人は、あの韓国のおじさんたちの行動を受け入れることができないかもしれません。

つまり、自分の持っている「狭い視野・狭い価値観」でしか物事を受け入れられなくなってしまっている可能性があるのです。

自分で「ルールや制度」を作る仕事をやってみれば実感できると思いますが、どんなルールや規則、制度であっても、それが適用しきれない場合があるものです。

従って、どんな規則、ルール、制度であっても、「例外」というものは必ず存在するのです。

たとえば、「年金保険料の納付」は原則として国民の義務ではありますが、病気になって働けなくなってしまった等、収入がない場合は、例外として、「保険料納付免除」という制度があります。

殺人だって、「正当防衛」の場合は罪には問われません。

制度や決まり、ルールとは、そういうものです。

「例外なく、必ず○○しなければならない」というルールや制度はありえません。
つまり、例外のない完璧なルールや制度もまた存在しないのです。

「そんなことは、わかっているけど、治らないんですよ」とあなたは、おっしゃるかもしれませんね?

当方にご相談頂ければ、具体的に「完璧主義」の修正方法をお示しして、お手伝いさせて
頂きますので、もし、この文章が気になったら、気軽にお問い合わせ下さい。

返報性

以前にも一度、「返報性」には触れたことがありますが、今日は、再度「返報性」について書きたいと思います。

人には、相手が何かしてくれたら、その相手に、ほぼ同等のことをして返したいという心理が働きます。
この心理を「返報性」と言います。

好意の返報性」とか「自己開示の返報性」などが、その代表例です。

好意の返報性」とは、人は、自分に好意を向けてくれた相手には、好意的になる心理を言います。
なので、あなたが、誰かと仲良くなりたかったら、まずは自分が相手に好意を示すと、相手には、「あなたに好意を示したい」という心理が働きます。
ただ、そういう心理が働いても、それを必ず実行してくれるとは限りません。
人によっては、何も返してくれなかったりすることもあるでしょう。

だから、「好意の返報性」を期待して、あなたが、好きな異性に好意を向けても、何も返ってこないこともあります。
そういう時は、あまりしつこく追い回すと、逆に嫌われてしまったり、はなはだしい場合にはストーカー扱いされたりするかもしれないので、過信は禁物です。

自己開示の返報性」とは、人は、自分に向かって、内面などを開示してくれた相手には、自分も自己の内面を開示したくなるという心理のことを言います。

だから、誰かと「腹を割って話せる仲になりたい」と思ったら、まずは、あなたが相手に自分の情報を開示してみることです。そうすれば、相手にも自己の情報を開示したいという心理が働きます。
但し、この場合も、必ず、相手がその心理を実行してくれるとは限らないので、あまり確信が持てない時は、自分の自己開示も、あまり全部さらけ出さない方がいいかもしれません。

さて、ここまでは、以前、書いたのと中身は同じですが、ここから先は、僕の独自見解です。
本で得た知識でも学校で習った知識でもありません。
あらかじめ、ご承知おきください。

僕が思うに、返報性は、悪い方にも働くと思うのです。

いわゆる「やられたら、やり返す」という心理です。

最近のアメリカと中国の貿易摩擦をみていると、まさに、この「悪い返報性」が働いているように思えるのです。

最初にアメリカが、中国に仕掛けましたね。
アメリカは、中国製品にかかる関税を大幅に引き上げました。
すると、中国も負けじとアメリカ製品の関税を引き上げました。
あとは、みなさんご存知のとおり、徐々にお互いエスカレートしていき、いくところまでいってしまいましたよね。
あの様子は、まさに「やられたら、やり返す」という「悪い返報性」の典型例なのでは?と思います。

そして、ちょっとたちの悪いことに、通常の返報性は、「相手と同等」レベルのお返しがしたくなるという心理ですが、「悪い返報性」の場合は、「同レベル+α」にしたくなるようで、相手にやられたことより、ちょっとだけ多く仕返ししたくなるようです。

ですから、アメリカと中国の関税の掛け合いのように、少しずつエスカレ-トしていきやすいのでしょう。

何年か前、「半沢直樹」というテレビドラマがヒットしたことを覚えている方も多いと思います。

あのドラマの中で、主人公「半沢」は「やられたら、やり返す。倍返しだ!」と言っていました。
あれも、悪い返報性の例で、しかも「倍返し」ですから、かなり悪い例だと言えるでしょう。

現実の世界では、緊張状態にある国同士の間では、わずかな衝突が、この返報性により、結局戦争にまで発展してしまうこともあり得るのです。

ですから、この「悪い返報性」は、ドラマの中だけの話にして欲しいと思うのですが、中々そうはいかないのが、人間の人間たるゆえんといったところでしょうか?




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人付き合いについて

あなたは、友達から「今日は僕がおごるよ」と言われたらどうしますか?

A.「ありがとう。じゃあ今日は、ごちそうになるから、次は僕におごらせてね」と言って、おごってもらう。

B.「いや、悪いから、割り勘にしようよ」といって割り勘にする。

C.素直に「ありがとう」と言って、ごちそうになる。

このような場合、豊かな友人関係を築きやすいのは、A.になります。

その人と仲良くなりたかったら、その人が好意を向けてきたら、変に遠慮せず、ありがたく受け入れた方が仲良くなれる可能性は上がります。 
ただし、その好意に甘えっぱなしにしないで、ちゃんと別の機会にお返しをして、あなたも、また、その人に好意があると示した方が良いです。

似たような話で、心理学の世界では、「返報性」という言葉があります。

「好意の返報性」とか「自己開示の返報性」と言われるものです。

「好意の返報性」とは、人は自分に「好意」を向けられると、その相手に「好意」を返したくなる傾向がある、というものです。 

「自己開示の返報性」とは、人は、自分に対して心を開き、自分の情報を開示してくれた相手には、自分も心を開いて、自分の情報を伝えたくなるという傾向があることを言います。

どちらも、当たり前と言ってしまえば当たり前ですが、世の中には、わかっていない人も多いようなので、参考になれば、と思います。

ただし、上記は、あくまでも「傾向がある」という話で「必ずそうなる」というものではありません。

自分が好意を向けたからといって、必ず相手がこたえてくれるとは限りません。
「片想い」などは、その代表例ですね。

返報性を変に信じ込んで、しつこい行為を繰り返すと、はなはだしい場合には、スト―カ―扱いされるかもせれませんから、ご注意を。








「ドア・イン・ザ・フェイス」と「フット・イン・ザ・ドア」

今日は、心理学的交渉術をちょっとご紹介します。

ドア・イン・ザ・フェイス

過大要求法とも呼ばれるテクニックです。

どういう方法かというと、本命の要求を通すために、まず大きな要求を出して相手に断らせます。
その後に、本命の要求を出すという方法です。

たとえば、誰かに仕事を20分間ほど手伝って欲しいとします。
その時に、「仕事を2時間手伝って」と要求します。

すると「2時間はさすがに無理」と言われます。そこで、「そうですよね。では、20分だけ手伝ってくれませんか?」と伝えると要求が通りやすくなるわけです。

これは値引き交渉にも使えます。
本心では5,000円値引いてもらえれば御の字と内心思っていたとしたら、まず1発目は

「10,000円値引いてもらえませんか?」と要請します。

相手が、それを飲んでしまえば、それはそれでラッキー。
断られたら、「では、5,000円では?」と続けます。

このように交渉すると、いきなり5,000円値引きを交渉するよりも、相手が応じる可能性は高くなります。

ドア・イン・ザ・フェイス」という用語はご存知なくても、自然にこういう交渉術を使ってる交渉上手な方っていらっしゃいますよね。



フット・イン・ザ・ドア


段階的要請法とも呼ばれるテクニック。

どんな方法かというと、最初に小さな要求を受け入れてもらい、最終的に本命の要求を受け入れてもらう方法です。

ドア・イン・ザ・フェイスは大きな要求をした後に、本命の要求を通す方法でした。なので、対照的な方法になっています。

たとえば、洋服の販売員はよくこのフット・イン・ザ・ドアのテクニックを使います。

いきなり「洋服を買ってください」と言ってもお客様に洋服を買ってもらうのは困難。

そこで、まずはお客様に「よかったら試着してみませんか?」と促して、試着させます。人間の心には、「自分の行動と矛盾する行動は取りたくない」という一貫性の法則が働いています。

そのため、「試着したんだから買わないと」と思い「お似合いですね。いかがですか?」と販売員が勧めるとつい買ってしまうのです。

ドア・イン・ザ・フェイス」と「フット・イン・ザ・ドア

ケースに応じて使い分けてみてください。

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プロフィール

「こころケア」カウンセラー平山靖高

Author:「こころケア」カウンセラー平山靖高
神奈川県川崎市中原区でカウンセラーをやってる平山靖高といいます。
1960年代の生れで、1980年代に早稲田大学を卒業後、富士通に就職。2014年に富士通を退職し、2年間バイトをしながら、カンセリングや心理学を学び、2016年7月にカウンセリングルーム「こころケア」を開業し、現在に至る。
離婚経験があり、現在は独身。ちなみに子供はいません。
詳しい自己紹介をブログ本文に載せているので、是非ご参照下さい。


ビール,音楽(最近のお気に入りは米津玄師のLemon),韓国旅行が好きです。

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